最強は、やさしい手当て

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あの日、職場ではお休みを取っている人が多くて、私はひとりで忙しかった。
パソコンに向かって長時間、集中して作業していた。
おかげで仕事はとってもはかどったのだけど、私の身体がひどいことになってしまった。
肩が凝りすぎて、背中の真ん中までバリバリに固まってしまったのだ。
固まりすぎて、呼吸すら、しづらいくらいだった。
私は半泣きになって、近くのマッサージ店に駆け込んだのだった。

仕事に集中していると、自分の身体の感覚にまで気を遣えなくなって、気が付いたときにはひどいことになっている。
まったく。このひどい肩こりどうにかして! そんな風になることがよくあった。

そして、座っていることが多い仕事の時は、よく足がむくんだ。
朝は余裕でファスナーをあげたロングブーツが、帰りにはパンパンで、ファスナーにふくらはぎの肉を挟み込んでしまいそうになる。
うんざりしながら、まったくむくみがひどくて、どうにかならないかしら、とつぶやく。
そんな風に、身体に文句を言ってはマッサージ店に駆け込む。
ぐいぐいと揉んでもらっては、その時は一瞬すっきりしても、すぐに繰り返す。

以前のわたしはこんな感じだった。
同じような経験のある人、たくさんいるんじゃないだろうか。

 

海外に出張することもたびたびあった私は、行った先でのマッサージ巡りを楽しみにしていた。
ある時、タイに出張に行った帰り、フライトまで時間があったので、何気なく空港の近くのタイマッサージのお店に入った。
店の中はカーテンで仕切られた保健室みたいで、高級感も何もない。セラピストは普通の小柄なおばちゃんだった。観光客向けのお店だし、全く期待はしていなかった。
だが、おばちゃんはすごかった! 
私はそれまでタイマッサージのことは知らなかったのだけど、ストレッチを中心にした少々アクロバティックな手技で、二人でするヨガなんて言われることもあるらしい。
ぐいぐいピンポイントで指圧されるより、ストレッチの方が全身がほぐれて、リフレッシュ感が全く違う。何しろ揉み返しもないし、後々まですっきり感が続く。

これもあとで知ったことだが、タイマッサージにはバンコク式とチェンマイ式がある。バンコク式は指圧中心でけっこう痛いが、チェンマイ式はストレッチ中心。私がこの時受けたのはチェンマイ式だった。

 

そのおばちゃんのおかげで、私はタイマッサージに惚れた。
それからは、クイックマッサージや整体より、タイマッサージに行くようになった。
そしてなぜかヨガも始めた。
二人でするヨガがいいなら、普通にひとりでやってもいいはずだと思って。

 

タイマッサージとヨガに出会ってから、私は変わった。
すぐにではないけど、徐々に肩こりや足のむくみもなくなり、快適な身体になってきた。
そもそも、そんなに肩がこるまえに、自分の状態に気が付けるようになった。
そうなってくると更に面白くなって、タイマッサージまで習い始めた。
なんでも知りたがり屋の私は、すぐに首を突っ込んでしまう。

そして今、ヨガのインストラクターとセラピスト、という肩書を持つようになった。
まさか私がマッサージをする人になるなんて!? 
あんなに肩こりに文句を言っていたのに。周りも驚いている。

 

セラピストをしていると、以前の私のような人を良く見かける。
自分の身体なのに、なにも注意を向けてあげないで、凝ったからどうにかしてください、治してください、と人任せにしてしまう人。
身体を人任せにしているのは、身体の悲鳴を無視しているってこと。だから実は痛みにも鈍感になっている。エスカレートすると、強くもまれないと効かない、と思うようになってしまう。
そうは言っても、仕事中に姿勢よくとか気を付けてられないよ。
私もそう思ってたから、良くわかる。だけど。
そもそも辛くならなくて、むしろ快適で気持ちいいのに。
みんなヨガすればいいのに。せめてストレッチでも。

 

セラピスト仲間と話していると、強くぐいぐいと押すことは、結果的に身体に良くない、という話になる。かえって余計な緊張を作り出してしまうと。
いちばん効果があって身体にも良いのは「手当て」だよね、と。
手当て。
傷の手当てをする、という言い方もするけれど、傷だけでなく、痛みにも、緊張にも。

小さいころ、お母さんがやってくれなかっただろうか。
ぶつけたところをさすりながら、「痛いの痛いの、飛んでいけ~!」 
優しくさすること。
ただ柔らかく手を当てること。
それが一番緊張をほぐすという、意外な事実。
もう少し大人になってからだって、好きな人に触れた時、触れられた時。
触れている部分に気持ちが集中して、ほんわかと暖かく、柔らかくなっていく感じ。
感じたことあるでしょう。
それこそが手当て。
自分で自分にすることだってできる。
大好きな人に触れるように、自分に触れる。
じっと、その手の暖かさを感じて深呼吸する。

この、手の暖かさを感じて深呼吸、が大事。
それが自分の身体に気持ちを向けることになって、結局はそれが一番、緊張をほぐすのだから。