感情の因数分解

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落ち着いたカフェにいて、コーヒーを飲みながら、本を読んでいた時のこと。
最近の自分にしては珍しく、大変に腹が立つ経験をした。

その店は静かで、私を含めて一人客がほとんど。
みんなまったりと、思い思いにくつろいだ時間を過ごしていた。
セルフサービスのカフェではなく、オーガニックメニューが自慢の店だ。
そこで、私は向いの席に自分の荷物を置き、奥に座って本を読んでいた。

新人らしきスタッフが、空いたケーキの皿を下げようとやってきて、しかしコーヒー用のミルクが入った器を倒してしまい、ミルクをこぼしてしまった。
私は本に没頭していたし、あまり大きな音がしたわけでもないので、こぼしたことには気が付いたが、それほどたいしたこととは思わずに、ちょっと顔をあげただけだった。
そのスタッフは慌てる様子もなく、特に私に声を掛けることもなく、しかしなぜか、私が荷物を置いていた椅子のクッションを、荷物の下からさっと抜き取って奥に下がっていった。

なんでクッションを? 
そしてなぜ拭かない? 
そんなに少しだけしかこぼれなかったのか? 
と不思議に思い、立ち上がって向いの席の自分の荷物を見てびっくり。
思わず息をのむほど、盛大にミルクを、私のカバンにこぼしていたのだ。
カバンの上にミルクがたまって水たまりになっていた。

そのスタッフは奥に引っ込んで、他のスタッフに説明でもしているのか、なにやら話し込んでいる。
はあ? 普通、こういう時はあわてて拭くものを持ってきて謝るんじゃないの? 
客の荷物が乳まみれになってるけど、放置なんですか? 
カチンとした私は、すいません、拭くもの持ってきてください、と声を掛ける。

ようやく二人がかりで戻ってきて、連れ添ってきたスタッフの方が、大丈夫ですかと声をかけつつ、カバンのミルクをふき取る。
いや、私は大丈夫だけど、カバンがひどいよね、中は濡れてないかな。
あ、中は大丈夫みたいです。
そんなやり取りをして、こぼしたスタッフもようやく、申し訳ありませんでした、と声を発する。
カバンはミルク臭いし、大丈夫とはいえ腹立たしい。
いや、別に、こぼしてしまったことは仕方がないと思う。誰だって失敗することはあるし、特に新人さんだったら仕方ないよね。
だけどなんかもやもやと、腹立たしい。

もやもやはしていたものの、コーヒーも残っているし、カバンも乾いていないので、しばらくそのまま本の続きを読む。
でもなんだか集中できなくなってしまった。
あきらめて店を出た。
会計の時にも、お詫びですと少し割引して更に謝ってくれたのだけど、うーん、なんかそうじゃない。

なんでそんなに落ち着いてんの? 
客の荷物を汚したらもっと焦ってすぐ対処しようとするよね? 普通は。
そして客の荷物より店のクッションが大事なわけ? 
しばらくそんなことがぐるぐるして落ち着かなかったが、ここはあえてゆっくり考えてみることにした。

何がそんなに腹立たしいかとよくよく突き詰めて考えてみると、
「私が大事にされていない」
「私が後回しにされた」
それにいらだち、傷ついていたのである。
大事にされたい。優先されて当然。
そういう思いが、満たされなかったこと。それが悲しくて、傷ついていた。
そこまで突き詰めて考えてみて、ただ怒っている、腹が立っている、という中にそういう満たされない思い、悲しみがあることに気が付いた。

なんだかよくわからない、もやもやした感情というのは、自分でも把握できないから、なんとなく放置してしまいがちだ。
だけど、そういうものこそ、ちゃんと突き詰めて考え、感じきった方がいい。
そのもやもやの奥にある、隠れているような感情こそ、ちゃんと光を当て、あることを認め、そして受け入れる。そうすることで、もやもやは消えていく。
私も、ここまで気づいて、もやもやは消え、そして腹立たしさも消えた。
成仏したとでもいおうか。

感情を因数分解するように、細かく、どうしてそう感じるのか、なぜなのか、突き詰める。それは時に、自分でもしつこいな、というくらいに。
なぜか悲しいとか、傷ついた、といったような感情は、私の場合表に出てきづらい。
怒り、腹立たしさの影に隠れている。

悲しい、傷ついた、もっと大事にして欲しい、優先して欲しい。
そういう気持ちって、大人だという自覚があると、表に出しづらいのかもしれない。
いい大人が、そんなこと。子供っぽくて。
確かに、人にそのまま伝えるのは恥ずかしい感情もあるかもしれない。
だから表に出ないように、もやもやにしているのかもしれない。

だけど、自分自身では、ちゃんと受け入れてあげたい。
そんな風に感じているんだね、そうだね、悲しいよね、もっと大事にされたかったんだよね…よしよし。
そんな風に、ただその感情、具体的な思いがあることを認めてあげるだけで、その感情は癒される。
気が済んだように、消えていく。

最近は、何か感情的になったら、この因数分解をするようにしている。
もやもやするとき、「どうしてそう感じるのか?」と突き詰めていくことは、とても大事なことなのだと気づいたから。
あのカフェの新人くん、もう怒ってないよ。