夢と現実のはざまで見たもの

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なんの予定もない、ある冬の休日の昼下がり。
東京の冬は、乾燥して晴れわたる日が多いのだが、まさにそんな日だった。
あまりにも天気が良いので、私は散歩に出かけることにした。
外の空気はぴりっと冷たく、なんだか物の輪郭がはっきり見えるような空気。
冬になると、少し高いところに上ると、東京からでも富士山がくっきりみえることがあるのだが、その日もそんな風に空気の澄んだ日だった。

散歩とはいっても、とくに当てはない。
とりあえず最寄りの駅まで歩き、そこから自宅とは反対方向の住宅街に向かって歩いてみた。今まで通ったことのない道だ。
駅の近くでは、車が通ったり、買い物袋をさげた親子連れが歩いていたりして、特になんということもない普通の風景だった。
だんだんと駅から離れると、人通りがほとんどなくなる。道なりに少し坂を上ると、急に見晴らしがよくなり、高台の上から、坂の下の住宅街を見下ろすような眺めになった。
澄んだ空気と、雲ひとつない真っ青な青空、そして見晴らしの良い高台。
思わず深呼吸をしたくなるような、気持ちの良い空間だった。

その前の日の夜、私は「覚醒夢」について書かれた本を読んでいた。
覚醒夢というのは、寝ている時に見ている夢の中で、「これは夢だ」と気付いている状態のことを言うらしい。私にはそんな経験はないが、訓練すればできるようになるのだという。
その訓練とは、普段起きている昼間から、自分に向かって問いかけるということ。
「今、自分はほんとうに目覚めているか。これは夢ではないのか」
「今見ている風景は、本物の現実の風景か、あるいは幻想ではないか」

歩き続けながら、その本のことを思い出していると、だんだんと、この気持ちの良い快晴がうそっぽく見えてきた。
「いや、まさか、今はちゃんと目が覚めている。現実の風景だ」と考えながら歩き続ける。
人通りは相変わらず少ない。
たまに曲がり角から住人のような人が出てくる。
それがなんだか、いかにもわざとらしい登場人物のように思えてくる。
映画「トゥルーマン・ショー」を思い出す。主人公は普通に暮らしていると思っているが、実は主人公の日常を撮影し続けている壮大な「リアリティ番組」で、登場人物は主人公以外すべてが役者だという設定の映画だ。
役者たちは、主人公に「この世界は偽物であり、現実ではない」と気がつかれないように、裏ではバタバタとあわてたりしながらも、主人公の前では自然にふるまう。映画を見ている私たちにとっては、それがとてもわざとらしく感じる。
もしくは、「初めてのおつかい」で、子どもをこっそりと撮影している、通りすがりの人を装ったカメラマン、といえばイメージは伝わるだろうか。
なんだか唐突に現れ、しかもみんななんとなく私を意識しているような感じがする。
私そんなに怪しい感じじゃないと思うんだけど。

変だなと思い始めると、変なものがどんどん気になって来る。
やたら等間隔にきっちりと干された洗濯物のワイシャツ。
ベンチがひとつあるっきりで、他に何もない公園。
マンションの名前が「ミルフィーユ〇〇台」ってなんなんだ。
普段なら、気に留めもしないようなささいなことが、おかしいことの証明のように感じてくる。
自分の家から歩いてきたはずなのに、見知らぬ奇妙な町に紛れ込んでしまったみたいだ。

そのうちに、「音がない」ことに気が付いた。
いや、ときどき通りかかる人が閉める車のドアの音とか、口笛を吹きながら通り過ぎる人
とか、(口笛を吹きながら歩く人自体、今時おかしい気がする)はっきりした音は聞こえているから、全く音がないわけではない。雪が降ると、音が吸収されて静かに感じるが、そんな感じなのだ。
その「音がない」ことと、澄んだ空気でやけにものの輪郭がくっきりとして見えるせいで、普段と違った感覚になっているのだろうか。

歩いて来た道を戻るのは嫌だったので、奇妙だ、おかしい、と思いながらも、歩き続けた。ぐるっと回って駅に戻るような方向に検討を付けて歩いていると、どうやら駅が近くなってきたようだ。
だんだんと人が多くなり、車も通るようになってきた。
なんとなく現実味を帯びてきた風景に、少しほっとしながら、線路沿いを進む。
線路に沿って道があるのだが、道の方が高く、線路が数メートル下に見える。その道が下り坂になって、線路と同じ高さまで下りていくような道だ。
その坂を下っている時に電車が通る。
電車の音は聞こえる。正常だ。
でも、自分が坂を下りながら進んでいるから、下の線路から追い抜いていく電車が上がってくるように見えるのだ。一瞬、電車が空に向かっていくように見えた。
錯覚だと分かっていながらも、視覚までおかしく感じてしまった私は、動揺し、さっさとうちに帰ろう、と足を速めた。

やがて見慣れた道に出て、そして家にたどり着いた。
そこで一安心、出来ると思ったのだが。
なんとなくおかしな感覚は続いている。
家に帰って今この文章を書いている。
これはほんとうは夢なのだろうか。それとも、現実に起きていることなのか。
今の私にはもうなんだかわからない。
夢だとしたら、この文章さえ本当は書いていないことになるのだろうか。