音のない世界

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音のない世界を、想像できるでしょうか? 
雪が降ると、音を吸収する効果があるそうで、寒さと白い雪で覆われた景色、そしてしんとした静けさが普段と違う世界のように感じますね。
私は行ったことがありませんが、砂漠でも同じように、音が吸収されてしまうのだそうです。
そうは言っても、近くで話す人の声は聞こえますし、大きな音も聞こえます。

まったく音のない世界。
聴覚に障害のある方たちの見ている世界は、どんな感じなんだろう。
もし耳が聞こえなくなったら、どうなるんだろう。そんなことを考えたことはありませんか? 

少し前に東京で開催されていた、音のない世界で、言葉の壁を越えた対話を楽しむ、と銘打ったエンターテイメント* がありました。
参加者は音を遮断するヘッドセットを付けて静寂の中でコミュニケーションをとる方法を発見していきます。アテンドは、普段から音のない世界で対話をしている達人、聴覚障害者の方。

普段当たり前のように五感を使って生活している私たち。
手話も学んだことのない私が、コミュニケーションをとることが出来るのだろうか、そんな思いも抱えつつ、自分とは違う感覚で世界を見ている人がいる、ということを体験できる機会だと思い、参加しました。

体験してみて、思い出したのが、以前スキューバダイビングに行った時のこと。
私はダイビングをするのですが、一度、聴覚障害者のグループと一緒になったことがありました。
水の中では、普通は言葉を使って話は出来ません。
音は聞こえるのです。自分の呼吸の音、ボートのエンジンの音、緊急時にタンクをたたく金属音など、水の中でも聴覚は大事な感覚です。
ですが、しゃべることが出来ないのです。呼吸のためにレギュレータをくわえていますから、うーうーうなるような音を出すことしかできません。
マスクの中でかなり視野が狭くなりますし、アイコンタクトでもなかなかコミュニケーションは取りづらい。
上に上がるよ、とか、耳が痛い、とか、よく使う専用の合図はもちろんありますが、細かい話は、文字を書くボードを使ったりしないと出来ません。
友達と一緒に潜っていて、水の中で何か見つけたり、感動したりして、伝えたいことたくさんあるけど、私たちは、それが出来ないのでせいぜい指さす程度で、静か――に見るだけ。結構孤独です。
でも、その聴覚障害の皆さんは、水に入っても、本当に賑やかでした。
手話で、水上と変わらずお話し続けていたのです。
耳が不自由だなんて気の毒、かわいそう、なんて思いがちだけど、水の中では、私たちの方がとても不便だな、と感じた経験がありました。

このエンターテイメントで私たちをアテンドしてくださった聴覚障害者の方は、ものすごく明るく元気。サービス精神旺盛で、本職は役者なのかな、と思うほど、いろんな表現方法で、私たちをどんどん引き込んで、盛り上げていってくれました。
まさに賑やか! という感じの方。
その時の水のなかの賑やかな感じを思い出しました。

そこでは、簡単な手話や、身振り手振りを使って、一緒に参加している人たちと情報を伝えあってクイズのようなことをやったり、ゲーム感覚で楽しむことが出来ました。
声は使っていないけど、とても濃密で、一生懸命伝えようとした、そして理解しようと努力した、そんな体験でした。

そこで気づいたこと。
音のない世界で大事なコミュニケーションの手段は、手の動き、感情を伝える表情、全身を使った表現。
そして視線。
視線がとても大事。
視線を合わせないと、コミュニケーションが始められないし、何も伝わらないのです。
伝えたいことは、言葉だけでなく、視線を合わせて、表情やしぐさでも、伝えようとすること。

普段の私たちは、これがなかなか出来ていないかな。
たとえばコーヒーを淹れてもらったとして、感謝を伝える時に、テレビやスマホから目を離さずに、ありがとうと呟くだけ。
ひどい時は言葉さえも、あ、どうもなんてお茶を濁すような表現をしてしまう。
言葉があることで、コミュニケーションが雑になってしまっているのかもしれない。
それじゃ本当は伝わっていないのですよね。
言われた方も、なんとなく寂しい気分になる。
これは私も本当に気を付けよう、と思いました。

耳が不自由な方といえば、表情豊かに、手話を含め、まるでパントマイムのように、大きく、くるくる動く顔の表情、という印象がありませんか。
実は私、少々おおげさだなと思っていたのです。
でも、これが本当に大事なことなんだと分かりました。
音が聞こえないということは、気配が感じ取りづらい。
目で見えることが大事な情報源だから、どうしても大きくわかりやすい動きをすることになる。
言葉の通じない外国人と一生懸命コミュニケーションを図ろうとすると、身振り手振りが大きくなるような感じかな。
やっていると、段々楽しくなってくるから不思議です。
だって、この次の日、顔が筋肉痛になったのですから。

普段の自分と、違う世界を見ている人との出会いは、新鮮さと驚き、新しい気づきをもらえますね。
そして、違う世界の人、と思うと遠いけれど、一度こうやって出会ってみると、次に出会ったら、何か役に立てることはないかと、自然に思えそうです。

 

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音のない世界で、言葉の壁を越えた対話を楽しむ、と銘打ったエンターテイメント*

とは

 

2017年8月

東京・新宿で開催されていた「ダイアログ・イン・サイレンス」です。

口元に人差し指をあてて「しー、しずかに」というようなしぐさの絵とともに

「おしゃべりしよう。」というコピーが付いた、印象的なポスターでした。

たくさんの人に体験してもらいたいから、また開催されるといいな。